リンゴの名産地である長野から、旬の美味しいリンゴが届きました!長野には生産事情等で全国には出回らない、隠れた名産品や美味しい品種が沢山ある様で、今年頂いたリンゴも初めて聞く名前でした。さすが果物王国ですね。

リンゴで思い出すのが、約30年前のこと。アメリカの大学へ進学した高校の同級生と何故か『クリスマス休暇をロスアンゼルスで一緒に遊ぼう!』ということになり、ロスアンゼルス空港で落ち合ったのが、私の海外初体験でした。それから1週間、彼女と一緒にレンタカーでLAとその近郊をくまなく見て歩き、クリスマスが過ぎて彼女と別れた後、せっかくなのでとサンフランシスコに立ち寄り数日過ごしていた時です。大晦日:New Year’s Eveから元旦:New Year’s Dayに掛けて、私のお財布の中の現金はほぼスッカラカンに!初海外ということで、大金を持ち歩くのは危険と思い、ドルも円もギリギリの現金しか持っていかなかったのです。何かの時はクレジットカードで何とかなるということで。

ところが、大晦日の午後になると、街中も人影少なくゴーストタウンの様な雰囲気に変わり、銀行など公共機関は勿論のこと、大きな店舗はほぼクローズに。開いているのはタバコとお菓子しか置いていない様な小さな個人商店のみで、当然ながらクレジットカードなんて使えないところばかり。学生で貧乏旅行でしたから、ゴハンは専らテイクアウトだったので、食糧確保が出来ずパニックに!

そんな時に空腹を満たしてくれたのが、滞在先のホテルの受付に山積みにされていたリンゴです。『ご自由にどうぞ』と書かれていましたが、朝昼晩と3個づつ持っていくのは、私だけだったのではないでしょうか(笑)。1月2日に街が正常ビジネスモードに戻るまでの丸2日間、リンゴだけが頼りだった訳です。食べるものがあるというのは、実にありがたいことだと身に染みたのでした。正に命のリンゴ。

今思えば、クレジットカードを使ってATMでキャッシングというのもあった訳ですが、当時はカタコトの英語力でしたし、海外のATMは危ないということもあり、そんなアイデアは思いつかなかったのでしょうねぇ。日本の慌ただしくも賑やかな年末年始しか知らなかった身、初海外なのに渡航先の風習を良く調べもせず、無知のまま無謀な渡航だったなぁと、今となっては思います。若さというのは、怖いものなしなんですよねぇ~。

12月のリンゴには、そんな思い出があるのでした(笑)。

命のリンゴ。無事に帰国できたのも、今生きているのも、SFOのホテルの無料リンゴのおかげ。